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ファイヤードブログ

ディジタル・パブリッシングという観点から、Webサイト制作、電子書籍制作などを。※ブログリニューアル中

同居人のひとりは、私を端的にdisったすぐあとに、「『いいとも』やってねーの?」と言って8チャンネルをつけた

半虚構

 こで私は、はじめて"「いいとも」の後番組"(「バイキング」というよりもこっちの言い方がクリシェとして成立し一般的になっている)を目にした。皿洗いをしていた90秒ほどのことであったが、その時はちょうど「中山美穂が空港で云々」というニュースだった。
 それを見て、気づいたのは、「笑っていいとも」という番組は、基本的に時事ネタを扱っていなかったということだ。たぶん、平日午前・昼の帯番組はどれも時事ネタを扱っているはずだが、いいともはその例外だったのだ。「はなまる」は時事ネタそのものは扱わなかったが、コーナーは毎回放送時の時期(シーズン)が反映されていた(例えば、花見シーズンなら花見、栗がおいしい季節なら栗、新しい商業施設がオープンすればそこの特集など)。
 これはすごいことではないか。正直に言うと、いいとものコーナーには「なんやこの企画、しょうもな」と思うことが少なくなかった。もちろん、あの番組のコーナーは、まだゴールデンを任される前の若手バラエティ作家の力量を試すという側面もあっただろうから、コーナー時代の面白さを問題にするのはお門違いかもしれない。しかしどうであれ、時事ネタに頼ってこなかったというのは、それだけで誇れることなんじゃないか。「反=時事ネタ」というのは、ひとつのキーワードになるかもしれない。だって、今、どこのコンテンツも時事ネタじゃん。こういう私ですら、サイトでは「ニュース」を書いている…。こういいながら、所詮は時事ネタ野郎なのかもしれない。
 ここまで書いて私は、バラエティ番組と情報番組の区別がついていなかったことに気がつく。これはバラエティに出る人が情報番組にも出るようになったことで、区別が曖昧させられてしまったせいなのだろうか。いや、たぶん違う。ここ最近のいいとも讃美に無意識に影響を受けていたに違いない。くだらない。

 屋で『週刊金曜日』表紙の辺見庸氏の写真ドアップが目についたので、巻頭の辺見×佐高インタビューを読む。辺見さんはオフィスがコンピュータ化されたときを境に職場をさったという*1。いまは人間がコンピュータライズされている、と。パソコンくらいでそう思うのか…と思いつつも、私もウェアラブルは怖い。このあいだなんて怖くて仕方なく、トイレで53度吐いた後、月に向かって2度吠えてしまった。そうすると、また、むかいの一軒家の子供が泣き出すので、またメロンを持って行かなくてはならない。参った。 
 ラックに雑誌を戻したとき、左どなりのビジネスパースンは『週刊ダイヤモンド』を読んでおり、右の白髪角刈りのおっさんは、篠山紀信撮影の筧美和子写真集を小脇に抱え、『dancyu』を読んでいた。金曜日の夜はどこも酒臭くて嫌になる。私は直ぐに店を出た。
 メモ
 やっぱり月980円なら、購読すべきだと思う。

*1:1996年に共同通信社を退社