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ファイヤードブログ

ディジタル・パブリッシングという観点から、Webサイト制作、電子書籍制作などを。※ブログリニューアル中

「ニュース」を伝えることの下衆さのようなものについて

 やや早く起きた朝、ホープ・ソロが逮捕されたということを知った。いちおう女子サッカーの情報サイトを運営している身としては、すぐに記事にまとめた方がいいのではないか、と考えた。結果、やめた。今後、詳しい情報が入ってくれば、チームの状況に関連させて書くことはあるかもしれないけれど、とりあえず逮捕されたということをセンセーショナルに書くことは控えた。そこで、私はTwitterでガーディアンやCNNなどのニュースサイトから知り得たことを端的にまとめたツイートをするに留めた。
 え?ツイートならいいのかよ、とお思いになられた方は鋭い。ええ、ツイートならいいんですよ。PVが発生しませんから。影響力の無いサイトだけれど、書けば拡散されてそこそこPV稼げたと思うんですよ、でもやれなかった。どうしても下衆いんじゃないかという思いが拭えなかった。
 この話をもっとわかりやすくするために、ネットニュースよりも原初的な形である雑誌を例にとりたい。例えば、ある芸能人が覚せい剤の使用で逮捕されたとする。すると、週刊誌などはセンセーショナルに書き立てる。「XXのシャブ漬け生活1000日」のようなタイトルを大きく持って来て、読者を誘う。
 ここで、事件そのものに目を向けると、ある人が覚せい剤を常用するという事象は、無い方が良いことだ。それは、本人にとっても、社会的にもそうでだ。しかし、例外があって、ニュースを伝える者に取っては、こういう事件はあってくれれば助かるだろう。なぜならば、それこそが新たなネタになり、一時的にであれ部数を飛躍的に伸ばす要因にもなるからだ。
 ちなみに、ここに関しては、「ニュースを伝える」ことを越えてもう一つ上の段階で述べることができるのだが、字数的に控えることにする。
 今述べたことを要約すれば、他人の起こした不祥事や、他人の不幸をネタにして、懐を潤すことはいいのだろうか?ということになる。これについて、自分は未だ解を見出せていない。否、とは思っている。しかし、世の中のニュースの多くは、このようなネタで回っている。これに関して、説明がつかない。
 ここで再びネットの話に戻ると、PVに応じて広告収入が決まるウェブ上のメディア話はますます深刻になる。雑誌なら、それを金銭で購入するという一段階踏み込まなければいけない障壁があるけれど、ネットではクリックすればいいだけだ。そこでは扇動的でショッキングなタイトルがついているものほど好まれるようになる。だから、ウェブ上の記事はそんなのばかりで溢れている。SNSなどの拡散メディアがさらに拍車をかけている。 
 ソロ選手のことに関して言えば、判決がでるまで大きく書かない方がいいだろう。目下、私の大きな関心としては、どのくらい試合に出られなくなるのかということだ。今年のシアトルは独走状態に近い程の強さ(今シーズンまだ無敗)を誇っているが、これにどう影響するのかが気になっている。NWSLのシーズンは短いので、万が一2ヵ月以上出られないことになれば、今シーズンを棒に振ることになる。それでも、先日の対ボストン戦では、新人でサブGKであるコップマイヤー選手がデビュー戦ながら相手を0点にシャットアウトするなどの活躍を見せており、これまでどおり勝ち続けてゆく可能性もある。

 余談だが、今月20日にして今月自由に使える金が殆どなくなり、スタジアムにもバルデュス展にも行くことはできなかった。上に書いたようなことをまったく気にしない人間であったならば、もう少し金銭的に余裕のある生活を営めたのかもしれない。