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ファイヤードブログ

ディジタル・パブリッシングという観点から、Webサイト制作、電子書籍制作などを。※ブログリニューアル中

「スマホばっかいじりやがって」と、人が言うとき

ネット時評

 スマホばっかりいじって、と人が言う時、その人はいじっている人に対してたいがい好ましくない感情を抱いている。でも、スマホでできることというのは、色々なことがある。パズドラやラインをしている人も入れば、TOEFL iBTの対策アプリで勉強をしている人や、Financial Timesの電子板を読んでいる人もいるだろう。「スマホをいじっている人」たちは、ひとくくりにして述べることはできない。
 なのに、「スマホばかりいじっているバカ」「スマホ中毒の若者」みたいに言う人がいる。あなたはいちいち他人の画面を確認したのか。
 聞きづてで恐縮だけれど、飛行機のキャビンアテンダントが、iPadが登場したことによって座っている間に読書ができることになったという。これはハードウェアに縛られないことが可能にしたことのひとつだ。ソフトウェア化が進むというのはそういうことだ。
 恐らく、ハードウェアが弱体化したことによって今、多くの人が疑心暗鬼になっている。不安なので、とりあえず見下す。彼らは他人がiPhoneKindleアプリで、"Capital in the Twenty-First Century"*1をまさか読んでいるとは考えない。考えたくもない。
 少し脱線するけれど、なんだかんだ言ってかくいう私も、電車内で画面をほじくるようにしてパズドラに熱中する人をみると「この人は醜いな」と思うことがある。でもそれはゲームをやっているから云々というか、動作として醜い。テンキーのガラケーからスマホになったことによって、ユーザーの指先の動きが自由になった。これによって、テーブルマナーで人を判断するように、スマホをいじる姿で人を判断することができるようになってしまった。人を○○だとすぐ判断することは、できるだけさけるべきだと思うけれど。裁くやつは裁かれるからね。

あなたが手にしている、そのゲーム機のようなものと、妙な手つきでさすっている仕草は気色わるいだけで、ぼくには何の感心も感動もありません。嫌悪感ならあります。その内に電車の中でその妙な手つきで自慰行為のようにさすっている人間が増えるんでしょうね。 / 宮崎駿監督iPadについて「ぼくには、鉛筆と紙があればいい」と語る:平凡でもフルーツでもなく、、、:ITmedia オルタナティブ・ブログ

 脱線した挙句、そこから転げ回るようにさらにずれた話になるけれど、スマホになってから歩きながらのケータイ使用が危なくなった理由のひとつとしてとても面白いのを聞いたので紹介したい。発言者は、ロケットマンショー内の平松さん。
 ガラケーの場合は、持っている手の先に画面がある。スマホの場合は、持っている手に画面がある。しかも、スマホの方が横が広い。つまり、スマホをいじっている時の方が、目線が下にいきがちになりなおかつ視界が画面に占有される率が高くなる。これがスマホ歩きが危険だと言われることのひとつだ、と。なるほどと膝を打った。
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*1:最近だったらこれが多そうかな、と