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ファイヤードブログ

ディジタル・パブリッシングという観点から、Webサイト制作、電子書籍制作などを。※ブログリニューアル中

始めることと始まること。エスタブリッシュメントについて

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元気ですか。まだMacBookは帰って来ません。MacBookがいなくなってから、性的欲望が激減していることがわかりました。銃があるから撃つのと同じで、欲望というものは(ガタリ云々言うまでもなく)、機械従属的な側面があるのだと実感しています。

突然ですが、何かを始めるというのは、とても簡単です。例えば、ビートルズに感化された少年がギターを始めれば、彼は一応ギタリストなわけです。しかし、彼がギタリストとして始まるまでには、時間がかかります。ギタリストとして始まらずに終わってしまうこともあるでしょう。

始めることと始まることの違いは何なのでしょうか。

最近私は、エスタブリッシュメントの問題ということを考えます。エスタブリッシュメントと横文字を使うのは、対応する日本語が見つからないからです。

私は、エスタブリッシュメントということと始まることは等しいと考えています。じゃあ、どうすればエスタブリッシュメントされるのでしょうか。

正直まだわかりません。

ただ、ひとつ言えるのは、「他者」とか「社会」というものと付き合っていかなければならない、ということです。エスタブリッシュメントされているかどうか、というのは、全て他者の判断によるものだからです。

例えば、誰でもいいんですが、私たちはピカソを画家としてみなします。この時ピカソは画家としてエスタブリッシュメントされているわけですが、当のピカソは「俺、エスタブリッシュメントしてるな」とは感じられないはずです。認識できるとしたら、「あぁ、みんな俺のことを一応画家として見做してるんだな、ってことはエスタブリッシュメントを勝ち得てるんだな」という形になります(もちろん、ピカソくらいになればそんな悩みは不要でしょうが)。

大事なのは、始まるに値しているかどうか、自分の頭で考えたり、尺度に照らして測ったりしてはいけない、ということ。値しているかどうか、という疑問が浮かぶまでにまで到達したのなら、他人にそれをわからせないといけない。そのためには、ひとつのアートといいますか、方法の問題が絡んでくるでしょう。これは各人が地道に見出していく他ない。

もう一点。始めるから始まるまでのスパンは、人によって様々です。あるいは分野によって様々です。例えば、最近で言えば、アイドルグループにいた人が、いきなり女優に転身する、ということが現実には起こり得ます。俳優としてエスタブリッシュメントするまでには、一般的には途方もない年月がかかりますが、彼/彼女の場合は一瞬にしてなされたわけです(中にはいつまでも認めたくないという人もいるでしょうが)。これは極端な例ですが、とにかく、エスタブリッシュメント獲得までのスパンは人それぞれだということです。また、多くのケースにおいては、一筋縄ではいかないということです(エスタブリッシュメントされないまま、始まらないまま終わることもあるわけです)。

そんな時はどうすればいいのか。恐らく、ただ苦しむしかない。救いが無いようですが、そういうことです。

最後に付け加えると、エスタブリッシュしてからの問題というのもあります。しかしこれに関してはまだわかりません。

※6/2 誤字を訂正し、一部の表記を改めた。