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ファイヤードブログ

ディジタル・パブリッシングという観点から、Webサイト制作、電子書籍制作などを。※ブログリニューアル中

渋谷をストロール

半虚構

 土曜日、駒沢オリンピック公園を後にしてから、渋谷に用があったので、電車を使わずバスに乗った。ロータリーで降ろされて、「49年間ありがとうございました」と掲げられた幕を見上げて、この建物が東急プラザだったのかと知った。
 言うまでもないけれど、土日の渋谷というのは、人が多い。その中でもとくにスクランブル交差点は人が多い。遠くから見ると、何かを大量生産している工場の機械からばあっと吐き出されてくる感じを受ける。煎餅でも煮卵でもネジでもなんでもいい。純粋に工場見学をしたい人は、スタバの二階のカウンターに座るといい。外国人旅行者がよく写真撮ってるから。
 それにしても渋谷という街はすごいと思う。行くたびに何かしら自我が揺さぶられる。例えば。
 あなたが外見にものすごく自信を持っているとしても、そのあなたですら敵わないな、という人に一人は会うだろう。具体的に見て言うなら、どんなに身長の高さを、顔の小ささを、筋肉の多さを、あるいは、着ている服の派手さや高価さなどを誇っている人でも、それを打ちのめしてしまう人に出会ってしまうだろう。もちろん誰にも打ちのめされないような人もいる。けれどそういった人々は、芸能事務所のスカウトによって排除されていく傾向にある。実によくできた仕組みだ。
 その反対も然りで、どんなに外見に劣等感を覚えている人でも、誰かしら何らかの要素で、自分よりも劣った人を発見してしまうことができるだろう。ただ、こちらは芸能事務所による介入は一般的にはなされない。
 都市というのは大きくなればなるほど、互いが互いの前提を知らない空間になるから、それゆえほとんど外見でしか自分を示せないことになる。だからみんな着飾ったり、身体的特徴を強調あるいは補正したりするのだけれど、そうした自己を担保しようとする試みすらも打ち砕かれるのが渋谷という街なのだ。その上で、改めて「自分って何」という問いを人は突きつけられるのではないだろうか。
 自分自身に凝り固まってると感じる人は、渋谷をストロールするといい。レッツ・ストロール・アバウト・シブヤ。