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ファイヤードブログ

ディジタル・パブリッシングという観点から、Webサイト制作、電子書籍制作などを。※ブログリニューアル中

私はジョウロではない

随筆

 喫茶店に入ろうとしたら二人の大学生の男の子が入り口におり、なにやら楽しそうに興奮気味にじゃれ合っているようなので、私は割って入るのも申し訳ないと思い、彼らが落ち着くまでドアの付近で待った。

 彼らは二人の世界に完全に入りきっており、なおかつ普段から客入りの少ない喫茶店にあっては、彼らの楽園への闖入者になりうるのは私しかいないものだから、気づけば私は扉の前で10分も待っていた。その間に彼らがしていたことといえば、先輩への電話であったり、好きな漫画の話であったり、さらには週末の予定だったりした。

 ひとりがくしゃみをした際に私の存在に気がつくと、彼らは手を取り合ってアーチを作り、「あ、すみませんでした」と言って、私はようやくそこをくぐる形で店の中に入ったのだった。 

 コーヒーを頼んで、作業を始めると、目の前の席に彼らが座った。相変わらず二人だけの世界がそこにはあった。例えば次のような会話がなされた。

「はあああああ」ひとりの男の子が、声援を送る時のような形で両手を口元に添えながら、もう一人の男の子との顔面に直接息を吹きかけた。

「うわっ!くっさ!」

「えーマジ?どうしよう。お前は?」

 すると、片方の男の子が自分にされたのと同じような形で息を吹きかけた。キスと見分けがつかない。

「はあああああ」

「あははははは」

「教えろよ、どうだったんだよ」

「俺、幸せだわー」

「えっ?何て?」

「俺、幸せだわー」

 引き続き私がその場にいるには、彼らは無邪気でありすぎた。アイスコーヒーを一気に飲み干してしまうと、私はすぐに店を出た。ところが、出るやいなや、見知らぬ老婦人が私を呼び止め、「ジョウロくんじゃないのよ!」と言った。私はかつて学校で蔑まれていた時に、私の関知しない私に対するあだ名を複数持っていたが(そしてそのうちのいくつかは卒業後に明らかになったのだが)、ジョウロくんとは呼ばれたことはないし、ジョウロくんと呼ばれる理由も見当たらない。

 私は「Madame, je ne suis pas Jouro.」と答えると、その老婦人は驚いた様子で、「あぁ、人違い」と言った。それに対して私は、「Je vous dis merde.」と投げかけると、駐輪場へと歩き始めた。まったくこれだから初夏は。