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ファイヤードブログ

ディジタル・パブリッシングという観点から、Webサイト制作、電子書籍制作などを。※ブログリニューアル中

#2 歴史解説が簡潔かつ平易『美しい欧文フォントの教科書』

TW草稿 Typography

タイポグラフィーについて抜本的にインプットし直している。草稿を投稿していく中で、いくつか本を紹介したい。今回がその1回目(草稿としては通算2回目の記事)となる。

美しい欧文フォントの教科書

美しい欧文フォントの教科書

赤の表紙が目立つハードカバーの本で、ページ数は100ページとちょっとしかない。構成は主に3部に分かれていて、概論的な「欧文書体のABC」、歴史解説の「伝統と革新の歴史」、ジョナサン・バーンブルックを中心としたインタビュー「ケーススタディ : 書体<プリオリ>ができるまで」から成っている。

100ページちょっとしかない、と書いたが、歴史部分は非常にコンパクトにまとまっている。41ページがこの「伝統と革新の歴史」の章に割かれているのだが、図版や写真が多数なので、テキスト部分はさらにそこから2分の1から3分の1というくらいの分量である 目次に現れていない項目見出しを引用する。

  1. 筆記と書体の変遷
  2. グーテンベルク聖書』による活字革命
  3. さまざまな書体の誕生
  4. 産業化の波
  5. モダニズムの洗礼
  6. デジタル革命

参考になったものからひとつだけ例を挙げると、この章の副題は「ヒエログリフからスクリーンフォントまで」となっていて、伝統的なタイポグラフィについての本ではあまり見られない、「コンピュター以後(もっと具体的に言うなら、Windows 95以後)」までをカバーしてくれている。次のような記述がそれだ。

1990年代の初め、マイクロソフト・コーポレーションは、イギリス人書体デザイナーで、活字の父型彫刻からキャリアを積んだマシュー・カーター [Matthew Carter/ 1937- ]に依頼して、同社専用のスクリーンフォントを制作した。そのひとつが<ジョージア [Georgia]>(1996年)で、伝統的な風格を持つ画面用のセリフ体だが、印刷しても美しい。もうひとつがサンセリフ体の<ベルダナ [Verdana]>(1996年)で、発表以来、インターネットへの入り口となっている。エックスハイトが高く、また、文字と文字が接することがないため、画面上でも読みやすい書体である。(61頁)

あと、インタビューも面白い。ここは書体デザイナンの話題なので、タイポグラフィーとはちょっと離れてしまうのだけれど、バーンブルックさん(※ 日本でも六本木ヒルズのCIで有名。 Barnbrook )のヘルベチカに対する言及は、興味深かった。

若いころはやっぱり<ヘルベチカ>が大嫌いだったね。それがそもそもフォントを描くようになった理由なんだ。何の特徴もないくせに、他の書体を完全に閉め出してしまったように思えたから。でも、それは<ヘルベチカ>のせいじゃなかったんだ。デザイナーの怠慢だよ。僕のとっての問題は、<ヘルベチカ>がいろいろなものをあまりに強烈に連想させるということだった。指導教員は「このきれいで読みやすい書体を使いなさい」と言う。そこで「できません、あれは1950年代とモダニズムの象徴ですから」と答えると、「バカなことを言うな。読みやすい書体じゃないか」と言われたものだ。

それに対する完全な反動として僕のタイポグラフィーへの関心が生まれた。なぜなら、タイポグラフィーとは言語と歴史に関わることであり、雰囲気を作り出すことだと僕は考えたからだ。<ヘルベチカ>は僕にとって失業保険みたいなものだった。<ヘルベチカ>の「r」は我慢ならないね。最低だよ。(82頁)

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これを読んで、「そうだよな、ヘルベチカは必ずしもよくないよな。なんとなくそう思ってたよ*1。なんとなくそう思ってたんだけれど、アップル信者を中心にやたらヘルベチカを持ち上げたり、『Arialダメ。Helveticaこそ至高』というようなことを言ったりする人たちを何度も見てきたせいで、ちょっと盲目的になっていたな、まずかったな」と反省した。ちなみに、そのヘルベチカはiOS 9で「捨てられた」という。

wired.jp

medium.com

以上。本の紹介としてはこんな感じ。

関連リンク

www.ted.com

*1:Helveticaはアプリケーションに内蔵されていることが多いけれど、いざそれで文字を書いたり、テキストをコピペしてきたりすると、引き締まりすぎているような、緊張を強いるような印象を受ける。判読性もそれほど高くない。というのがその印象である。