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ファイヤードブログ

ディジタル・パブリッシングという観点から、Webサイト制作、電子書籍制作などを。※ブログリニューアル中

クーリエ、紙やめるってよ

media

先月ちょうど10周年を迎え、いま考えるとキュレーションメディアのはしりだった「クーリエ・ジャポン」が雑誌としては終わるようです。しかし、「雑誌としては」と書いたように、媒体としては継続。今後はWebメディアに移行する形をとるそうです。公式発表の要点をまとめると、次のようになります。

  • 雑誌は2月25日に出る号で最後
  • メディアとしてはデジタル版で存続(「デジタルベースの有料会員制コンテンツサービスに進化」するという)
  • サイトを改良し、「会員間コミュニケーションを後押しする機能」やリクエスト機能も導入予定
  • イベント開催も強化していく

ここ数年は、「なんだか、学力が中の上くらいからの学生が喜びそうなもんばっか拾ってるなぁ」という認識でした。多分、これでメインターゲットにしていたビジネスパーソン層が離れていったんでしょう。で、学生が雑誌を買うかといえば、買わない。

個人的には、「海外で勝負するために必要な事」とか、「21世紀の教養の話をしよう」みたいな特集が増えていて、それらに対して辟易してしまっていました。定期的に購入していた時期もあるものの、読者として遠ざかってからもう長いです。

雑誌終了の理由として、編集部からのアナウンスにはこうあります。

「月に一度、紙の雑誌で情報を届ける」というモデルは、高感度なクーリエ・ジャポン読者の皆様のライフスタイルにそぐわなくなってきているのかもしれません。

まぁ、確かに。でもそんなこといったら、インスタグラム全盛の今の世の中にあっては、ファッション誌なんか全部アウトな気もしますけど。

2年くらい前の話ですが、紀伊國屋書店新宿本店でクーリエを手に取った友人に、「クーリエか。文学作品ならともかく、ニュース記事を翻訳ってどうなの。本当にニュースに敏感なら、ニューヨーク・タイムズとかシュピーゲルとかル・モンドとか、元ソースに自分からあたるでしょ。大学生とかは「クーリエ読んで世界にも目を向けてます」とか思ってんだろうけど、翻訳として提供されている時点で、後手だから」というようなことを私は言いました(ちなみにこれは、私に友人が少ない理由を端的に示しているエピソードであると思いますが 笑)。

私の生意気な言い方は置いておくとして、これはクーリエの弱さだと思っています。「高感度なクーリエ・ジャポン読者」というけれど、翻訳を待っている人たちが果たして本当に「高感度な」読者と言えるのか。

ここからは予測になりますが、おそらく、記事を丸ごと翻訳するという形は減っていくのだろうと思います。とはいえ、POSTD | プログラミングの話題を翻訳して届けるエンジニアのためのニュースメディア というWebの技術者向けの翻訳サイトが近頃はてなブックマーク上で好評なのを見る限り、まだまだ翻訳の需要はあるのかもしれません。

しかし、ニュース記事の全訳というのは、どうしても根っこの部分で質の悪さを抱えざるを得ない。じゃあ、どうするか。Voxみたいになるのかな、という気がします。つまり、事象についてのコンテクスト(文脈)と基礎知識の供給。その際に、「世界1500のメディア」の複眼的な視点が役に立つことは、間違い無いでしょうから。

参考

更新情報

  • 1/25 / 第8パラグラフの論の展開におかしなところがありましたので、接続詞と語尾を加えて訂正しました。