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ファイヤードブログ

ディジタル・パブリッシングという観点から、Webサイト制作、電子書籍制作などを。※ブログリニューアル中

白のベンツから飛び出す幼い姉弟

夕暮れ時にはすでに重い荷物を背負いながら合計8kmくらいは歩いていて、距離からすれば大したことないものの、ところどころに立ち寄ったりメトロの階段やエスカレーターを乗り降りしたりといった上下運動も重なって、久々に全身に渡る肉体的疲労というものを感じていた。

もう夜が始まる頃だというのにそれからまた私はまだ5キロくらい移動しなければならず、重い脚取りでキャリーバッグをカタカタ鳴らしながら、その日何度目かのメトロの入口へと向かっていた。その時、一台の車が5mくらい手前の路肩で止まった。パールのような白い車体はメルセデス・ベンツだった。

「あぁ。しかし、それにしてもよくできた車のフォルムってのは、マジできれいだな。車に関しては典型的な若者らしくまったく興味がないし免許も持ってないけれど(だってもうすぐ自動運転の時代なんでしょ?)、フォルムの美しさについてはリスペクトせざるを得ないわ。はぁ」

と、このようなレクサスその他の高級車を見たときにありがちな感慨に瞬間的に浸っていると、威勢良く、それはそれは高級外車らしくない開き方で、後部座席左側のドアが開いた。

まずメガネをかけた小学校低学年くらいの女の子が飛び出してきた。続いて二歳くらい下のその子の弟と思しき少年も続いて出てきた。キャハキャハとご機嫌な二人は背負っていたリュックサック(おそらく学習塾の)をゆらしながら、あっという間に私の左横をダッシュで通り過ぎていった。白のベンツもすぐに走り去ってしまい、交差点の信号待ちの列に加わっていった。

彼らが去ってしまったあと、「白のベンツから飛び出す幼い姉弟」という情景が、「海辺を走る2人の女」とか「階段を降りる裸体 No.2」というようなモティーフとして心の中に滞留し続けた。それは純粋に絵画的な印象として残っていた。小説的でも写真的でも映像的でもなく。

筆をとるべきなのかもしれない。

いちばん近いのは写真的なものだろう。が、あの時、私がカメラを首からぶら下げていたとして、彼らが目に入ったとき、私は写真を撮ろうとは思っただろうか。いや、それは写真を撮ろうと思った時点で、もう手遅れなのだ。脳内でモティーフが構成された瞬間からカメラのシャッターを切るまでにはどうしてもタイムラグが発生してしまう。では、ウェアラブルデバイスによって、見るものすべてにシャッターが切られているという状況だったらどうだろうか。多分そうなると、今度はモティーフの構成が行われないんじゃないか……地下鉄に揺られながらだいたいこんなことを考えていた。