読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ファイヤードブログ

ディジタル・パブリッシングという観点から、Webサイト制作、電子書籍制作などを。※ブログリニューアル中

『あまくない砂糖の話』を見て、糖質制限する気はないけど、黒糖丸かじり生活はやめたいと思った。

自分は酒を飲む習慣もなければ、ドラッグやタバコに関しては一度もやったことはないのだが、どうしても砂糖には敵わない。先月からは特に黒糖を丸かじりすることにハマってしまい、ひと袋300gを3日で完食するというペースで食し続けた。黒ければ大丈夫だろ、グラニュー糖みたいに白い粉じゃなければ、という安易な考えで。

しかしどこか良くないな、という考えは持っていた。だから、途中から加工黒糖だったのを純黒糖に変えた。すると、純黒糖はちょっと苦いので、300gを4日というペースになった。が、純黒糖にしたところであまり変わらない気がして怖くなり、今度は粉末加工黒糖に変えた。粉末になっているとコーヒーシュガーなどのグラニュー糖と感覚が似てくるので、その類推作用によって精神的な歯止めがかかると考えたからだ。さらには、きな粉を混ぜてみた。そうすれば体積をごまかせる。われながら賢い……。

『あまくない砂糖の話』(原題:That Sugar Film)というあまりに自分にとってタイムリーな映画を発見したのは、そうやって一つめのきな粉パックを空にしたときのことだった。私はこれまでなかったほど実用的な動機から、映画を見に行こうと思いたった。

www.youtube.com

まず映画的にはツッコミどころが多く、「ユーモア、空回りしてね?」「最後の歌は教育目的に作ったんだろうけれど、蛇足じゃない?スタッフロールのバックに流せばよくね?」「アメコミ演出、いる?」「庭、広くね?」「監督兼主人公、ちょっとだけラッセル・ブランドに似てね?似てねえか!」など、きりが無いような気もするが、砂糖について少しでもまともな知識を持っていたいという自分にとっては、まぁ、見てよかったとは思う。歴史的に、科学的に、産業的に、砂糖を見直すきっかけになった。

歴史的に、ということで面白かったのは、これは物語の序盤で紹介されるエピソードなのだけれど、砂糖をめぐる論争がアメリカであったそうだ。それは、アイゼンハワー前大統領が心不全で倒れたとき、それが脂肪(fat)と砂糖(sugar)、どちらの取りすぎが原因だったのか、という医学的な論争だった。結果として、アイゼンハワーの死は脂肪のせいとされ、砂糖は免ぜられた。これが以後の砂糖に対する楽観につながったという。アメリカで広まったこの楽観はすなわち、全世界的な楽観へとつながる(コカ・コーラとペプシはアメリカ企業だし、コカ・コーラは実質マクドナルドで提供される飲み物だからね)。

途中で、スティーヴン・フライが出てきて、砂糖の説明もなされる。この映画で主に問題となるのは、スクロース(ショ糖)。なお、ショ糖は「果糖」(フルクトース)と「ブドウ糖」(グルコース)からなる。ふだんお菓子を食べるときに接することになるのは、このうち「果糖」で、この「果糖」がいちばん問題があるとされている*1

自ら被験者となった監督は、もともとワイフに影響を受けてオーガニック的な健康生活に慣れていたために、辛そうではあった。身体検査の結果が極端に悪い方へ短時間で振れていく経過は、ちょっとスリリングですらある。出産を控えている愛する妻を置いてアメリカ取材旅行に行く、という事態もあいまってか、表情も次第に曇りがちに。

ここで精神的に不安定になっていく、という描写がなされていく。砂糖を摂取すると、一時的に気分がハイになることは、科学的に証明されている。だが、それは短時間してか続かない。そうして、また砂糖が欲しくなる、という悪循環はほとんどタバコやドラッグと変わらない。個人的にショックだったのは、ショ糖のうち、気分に影響を及ぼすのは、ブドウ糖の方だという話で、ここで「果糖がだめならブドウ糖で代替しよう。薬局で売っているくらいだし。こっちは体にいいのだろう」という考えは打ち砕かれた。

砂糖に中毒性があることは疑いようがなく、そこにつけ込んでくるのは食品業界だ。「Bliss Point」(至福点)という言葉が食品業界にはある。砂糖を入れれば入れるほど、その商品は売れる。だが、入れすぎると売れなくなる。その売れなくなる寸前の一点が「至福点」。ブラックペッパーの商品開発がいかにこの一点を見極めようとしているかが映画の中で紹介される。

Salt Sugar Fat: How the Food Giants Hooked Us

Salt Sugar Fat: How the Food Giants Hooked Us

(上の本は映画中に出てくるピュリッツァー賞作家の著作)

だが、人間がこれほど砂糖を求めるということは、そう欲せざるを得ない生理的な欲求が備わっているのではないか、本能のようなものがあるのではないか。監督はこのような疑問に対して、仮説的に、「砂糖は愛だ」というような答えを出す。それはそれで面白いと思った。砂糖を食べたときの高揚感が、愛情を抱いたときの高揚感に近いという。確かに、「My Sweet Heart」や「Honey」など、恋人への呼びかけにはもともと「甘い」イメージが共有されている。マルーン5の比較的新しい楽曲(ポップなラブソング調)も「Sugar」だったし。

「カロリーの量ばかりを強調して、摂取源にまで注意を払うように言ってこなかった」という専門家の後悔や、「リンゴをリンゴとして食えば問題ないのに、それをスムージーやジュースにして凝縮することによって砂糖を過剰に摂取するようになってしまった」という監督の指摘など、他にも興味深いのはあった。

家に帰って冷蔵庫を開き、納豆を取ってみると、「炭水化物 7.2g」の文字が。このうち、食物繊維と糖質の割合はわからない。まぁ、「7.2g」文字が見えたところで、納豆をやめようとはしないだろう。もちろん、白米、牛乳はいままで通り普通に食す。ただ、黒糖丸かじりはさすがにやめようと思った。チョコレート、エナジードリンクもほどほどにしようか。

ちなみに、映画はイメージフォーラムで今日(4/28)まで。見たいと思った方、ごめんなさい。

*1:映画を見たあとに調べたと起ころ、黒糖の80%はショ糖だそうだ。なので、黒糖だからといって、グラニュー糖とそんなに変わらない。