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ファイヤードブログ

ディジタル・パブリッシングという観点から、Webサイト制作、電子書籍制作などを。※ブログリニューアル中

デザイナーと呼ばれて、お金をもらって、で?

デザイナーと呼ばれた。もちろん呼ばれるだけならそりゃ、「億万長者!」、「日本一の男前!」だってありえるわけだけれど、ちゃんとデザインをした上で対価、つまりお金を受け取った。

仕事としてであることとすること的なことに関してずっと考えてきた身としては、今回そう呼ばれたことは少し感慨深い。何かが一歩進んだ感じがする。ただそれは、キャリアとしてでなく、あくまで「エスタブリッシュすること」というものについての思考が次のフェーズに進んだというだけのことにすぎないのだと思う。

へぇ、何をやったんだい?そうお思いの方もいるかもしれない。そんなあなたに良いニュース。今回の私の仕事は、選考過程も成果も金額も含めてすべてネットで公開されている。次のページに進んでいただければ、そのすべてを見ることができる。採用されているのが私のアカウントだ。

crowdworks.jp

クラウドソーシングについては、小さい案件をいくつかこなしたあと、未来がないと悟って以後はやらない方針にはっきりと決めていた。そのことについては過去三回のブログ記事でも書いてある*1

ではなぜ、今回の案件に応募したかというと、たまたま上の案件が目に入ってしまったから。これは本当に偶然というしかなく、その偶然さに惹かれて私はすぐさまラフスケッチを描いたくらいだった。辿ったのは次のような経路だった。

ある日、夕飯を食べ終わった頃、ぼんやりと一人出版社さん(@commonstyle)のTLを眺めていると、関連ユーザーに「でんでんコンバーター」の作者の方(@lost_and_found)が見えたので、今度はそのTLを見ていた。すると、リツイートされたツイートの中に、かん吉さん(わかったブログの管理人で今回のクラウドワークス案件の依頼主)がクラウドワークスで表紙デザインを募集しているのを発見した、という流れだ。かん吉さんは、「WordPress レンタルサーバー」で検索したときの記事や、その他の記事で何度かブログを拝見したことがあり、なおかつ顔と名前を出しているという安心感があったため、応募にためらいはなかった。

製作過程についてここでは細かく書くことはしない。お金についても、クラウドソーシングサービスの抱える構造的な欠陥が、今回の依頼主であるかん吉さんに飛び火するのを避けるために、時給換算した額は明かさない。5400円と提示されていて、それを私が勝手に引き受けたまでだ。

私にとってこれを今書いている中で重要なのは、「デザインと呼ばれていることをして、お金をもらった」という事実で、これをどう捉えたらいいのかということだ。果たして、私はエスタブリッシュしたのだろうか。

クライアントに成果を提出してまだ一ヶ月も経っていない状況で、こう言ってしまうのは本当に失礼だとは思いつつも、私は今回自分が出した提案に満足していない。恥ずかしいとすら思ってしまう。じじつ、製作を進める中で私は、製作を進めるということそれ自体によって、1日後には僅かながらも技術が向上していた。そのため、現在の自分から見て、過去の自分が着手したデザインをしょぼいと感じた。だからといって、また一からやり直してしまえば、無限ループに陥ってしまう。

ここで思い出すのは、芦田宏直氏が「2005年度東京工科専門学校・卒業式式辞」で語ったことである。これは『努力する人間になってはいけない―学校と仕事と社会の新人論』にも収録されている文章である。長くなるけれど、私自身が2、3年前に読んで以来、何度も読み返す部分なので、そのまま引用する(太字強調は引用者)。

このことと関連して、最後にもう一つだけ約束しておいてもらいたいことを言います。

これから入社式後の4月を迎えて、新人研修で忙しくなり、その後も(新人であるが故に)覚えなくてはならないこともたくさんあって、必ず「時間がない」と言うようになります。

そして、仕事を覚えて、ノウハウも蓄えて、そこそこの仕事ができるようになった後でも「時間がない」というようになります。そして、「時間がない」というだけではなく、「時間(とお金)があれば、もう少しいい仕事ができた」とまで言うようになります。

これは間違っています。こんなことを言ってはいけない。今日のこの日をもってわが卒業生たちは「時間がない」と言わないことを約束して下さい。 どんなプロの人間でもいつも時間がないこととお金がないこととの中で仕事をしています。6割、7割の満足度で仕事を終えています。悔いが残ることの連続です。プロの仕事というのは実は悔いの残る、不十分な仕事の連続なのです

一見、すばらしい仕事に見える。お金もふんだんに使える、時間もたっぷりかけている、スタッフも充分だ、と外部から見えているにしても、プロの仕事には、それでいいということはありません。不満だらけで(穴があったら入りたいくらいの気持ちで)仕事を“終えている”。しかし外部評価は及第点を取れている。それがプロの実際の仕事のあり方です。

それは、どういうことでしょうか。

結局、6割、7割でも外部に通用するようなパワー(強力なパワー)を有しているというのが、仕事をするということの実際だということです。

皆さんが尊敬するプロの仕事は、その仕事をするための充分な時間(とお金)が与えられてできあがっている、と思ったら大間違いだということ。

「時間とお金があれば、もっといい仕事ができるんだけどな」というのは、だから“イノセント”だということです。そんな純粋な時間もお金も実務の現場には存在しません。時間もお金も実際は“泥だらけ”なのです。

6割、7割の時間とお金でも仕事ができること。それがみなさんがこの2年、3年、4年と、わが校の卓越したカリキュラムと先生たちによって勉強してきたことの本来の意味です。

〈能力〉とは60%の力で人々を満足させることのできることを言うのです。

みなさんがここ数年で学んだこと、知識と技術を身に付けたこと。それはまさに「お金と時間がない」ときにはどうすればいいのか、という知恵を付けたことにあります。そもそもそれが“勉強する”ことのもっとも実践的な意義です。

だから、みなさんはすでにイノセントではない。今日の卒業式を迎えて、もはやイノセントではあり得ない。

「6割、7割の満足度で仕事を終え」て、クライアントを「満足させること」はできた(クラウドソーシングで5400円の案件レベル、と言われればそれまでだが)。しかし、繰り返しになるけれど、私はエスタブリッシュしたのだろうか。多分、これはノーだろう。「デザイナー」とみなされた私は、もう既に消えてしまった。多分、これは「継続発注」を取れるかという新しい問題になってくる。まだ「人々を満足させる」というところまでいっていない。Einmal ist keinmal.というように、一度しかなかったことは起こらなかったことと同じだ。継続的に仕事がくる、という状態が私にはまだ想像できない。

www.wakatta-blog.com

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※10/18 18:48 誤字訂正

*1:なお、私が自身のアカウントを晒すことによって、かつて名を伏せた部分が明らかになってしまうが、やむなしとする。